馬鹿猫ども

愛らしいのだが馬鹿ばかりをしている我が家の猫ども(元野良猫)と、その飼い主である猫好きの母と、そこそこ猫が好き程度の家族の日記です。

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俺が入院したときの話の続き。

食中毒で入院した俺は10日間点滴だけで過ごした。
食事は食べられない。

勤めていた会社から歩いて2分の病院に入院しているので、昼間は同僚がよく見舞いに来てくれた。入院して3日後には、仕事まで持ってきやがった。病室は個室だったので、仕事の打ち合わせすること出来た。色々あって、昼間は時間を持て余すことなく過ごせた。

問題は夜だ。

駅近くの商業地にある病院なので夜は非常に煩く感じる。俺の病室に面した通りには飲み屋が多い。酔っ払いの喧嘩や歌声が窓から聞こえてくる。酔っ払いの声が聞こえてこなくなると、今度は野良猫の喧嘩が始まる。これが、また煩いのだ。

真夜中になるともっと凄いものが聞こえる。

看護婦さんの話では、20代前半の俺が一番若い入院患者らしい。多くの入院患者はかなり高齢の方ばかり。家では介護できないような高齢の患者さんばかりが入院しているのだ。急に容態が変化する方も多いので、病室のドアは個室であろうが大部屋であろうが俺の病室以外は全て開けられている。

そんな病院なので、夜中になると色々と聞こえてくる。

とても安眠快眠できるような状態ではないのだ。
寝れない俺は夜中2時頃になると、点滴をしたまま病室を出て、一階のロビーへ喫煙しに行くのが日課になってしまった。

ある晩、いつものように喫煙しに病室を出ると、隣の病室から苦しんでいるような呻き声が聞こえる。いつもと違う感じがするので病室を覗いてみると、凄い状況になっていた…。

おじいさんがベットから落ちて、床に倒れて呻いているのだ。

おじいさんに話しかけても、おじいさんは呻き声しかあげない。点滴をしたままの俺にはおじいさんを担ぐことが出来ない。いや、動かしても良いものかも判らない。兎に角、誰かを呼ばないといけない。俺は急いでナースコールのボタンを押して事情を説明した。駆けつけた医者や看護婦がおじいさんをベットに戻したところで、俺は喫煙する気にもならなくなったので自分の病室へ戻った。

次の日、看護婦さんにおじいさんの容態を訊ねてみた。
大事には至らなかったようだ。

その後、俺は退院するまで、夜中に病室を抜け出て喫煙しに行く時に、周りの病室を覗くようになった。呻き声が聞こえると気になってしょうがない。自分自身が入院患者なのに、自分の病室のある階にある他の病室を巡回するようになってしまったのだ。

病院ではほとんど寝れなかった。
食事も食べずに点滴だけだった。


その結果、退院したときの俺はげっそりと痩せ細り、睡眠不足で目にくまが出来てしまい、見た目は重病人になってしまった。

救急で担ぎ込まれたのだから致し方ないが、病院は良く選んでから入院したいものだ。

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今まで生きてきて、俺は3回ほど入院している。

一度目は中国の瀋陽で、二度目は日本の川崎で、三度目は日本の茅ヶ崎でだ。一度目と二度目は食中毒だ。三度目は交通事故だ。どれも退院まで一週間以上かかったと記憶している。

今回書く話は二度目の入院の話。

俺が20代の前半の頃、川崎市にある会社に勤めていた。ある日、上司と一緒に昼飯を食べに会社の近くにある中華料理屋に出かけた。初めて入った店なので何が美味いのか判らない。そこで上司と一緒に注文したのが無難そうに見えたランチメニューの豚肉の韮もやし炒め定食だ。運ばれてきた豚肉の韮もやし炒めの味は、美味くも無く、不味くも無い。定食の値段を考えれば、文句は言えない味だ。そんなことを考えながら食べていると、上司が急に声を上げた。

「なんだコレ!」
「豚肉と韮ともやしの炒め物ですよ」
「そうじゃねぇよ! コレ、コレ! これを見ろよ!」

そう言って上司が豚肉の韮もやし炒めの中から箸で取り出した物は、大きな段ボール箱を止めるようなホチキスの針だ。俺も自分の豚肉の韮もやし炒めを箸で探ってみる。俺の方には何も入っていない。

「当たりですね」
「当たりじゃねぇよ!」

上司は俺の冗談に笑わず、店員を呼びつけて早く新しいのを作って持ってこいと怒鳴った。俺は上司と同じ定食を同じ時に食べているのだから、俺の定食にもホチキスのエキスが十分に入っている筈だ。しかし、俺は怒っている上司をなだめながら、その事実に気がつくことなく、問題の豚肉の韮もやし炒めを完食してしまった。

上司の怒りが凄まじかった為に、店の人は急いで新しいのを作って持って来た。

店からの陳謝だろうか、テーブルに置かれたのは大盛りの豚肉の韮もやし炒めだ。上司は箸で豚肉の韮もやし炒めの中を探り、ホチキスの針が入ってないのを確認している。何も異物が入っていないのを確認してから、食べようとしたのだが、上司は何故か急に手を止めた。

「俺は豚肉があまり好きじゃないんだよな」
「じゃぁ、なんで注文したんです?」
「兎に角、豚肉はいいや。君、食べる?」
「もったいない。食べないなら自分が頂きますよ」

上司は韮ともやしだけを食べた。
そして、意地汚い俺は上司の残した豚肉を全て平らげた。

怒鳴られて急いで作った豚肉の韮もやし炒めの豚肉は火が通っていなかったのだ。食べているときに、何となく生っぽいなとは思った。何となく豚肉がピンク色だなとも思った。でも、俺は全て平らげてしまった。

その日、会社の営業時間中は俺の体調に変化は無かった。
俺の体に異変が起きたのは、仕事を終えて帰ろうとしたときだった。

腹が痛い…。
腹の調子が悪い…。


このまま帰宅したら、途中でお漏らししてしまいそうだ。
それは大人として避けなければいけない。

腹痛が治まるまで会社で休んでいようと考え、誰も居ない会社の応接室で横になって休むことにした。1時間経っても、2時間経っても良くならない。それどころか、どんどんと悪くなっていく。これはマズいかなと思い始めた時、突然猛烈な腹痛と止めようの無い下痢に襲われた。

下痢が止まらないので応接室には居られない。
トイレに籠もる。

脂汗が出てくる。
寒気もしてきた。
物凄く怠い。


トイレに籠もること数時間…。

もう駄目だ…。
救急車を呼ぼう…。

歩くことが出来ないほど辛い。這うようにしてトイレを出て、電話のあるデスクへ向かう。119番に電話をかけたら録音テープが流れた。この時間は消防に電話しろと言っている。なんの為の119番だと頭にきたが、言われたとおりの番号へかけなおす。消防に事情を説明し助けを請う。

ものの数分で救急車は到着した。(10分も待たなかったと思う)

消防署は会社から歩いて5分のところにあるのだ。

救急車に乗せられた俺は救急隊員に色々と症状について訊いてきた。腹痛と下痢と寒気でボロボロの俺は答えるのも辛い。他の救急隊員は受け入れ先の病院を捜しているようだ。なかなか救急車は走り出さない。何してんだよと思ったら、受け入れ先を捜していた救急隊員が「一番近くの病院でよいか」と訊いてきた。「何でもいいから、早く病院に連れて行ってください」と答える。

救急車が動き出す。しかし、サイレンは鳴らない。
何でサイレン鳴らさないんだと思っていたら、急にサイレンが鳴る。

ピーポー、ピッ!

鳴ったと思ったサイレンが直ぐに止まった。
救急車も止まった。

えぇ、何してんだよ!
止まってないで、早く連れてけよなぁ。


「降りますよ」
「はぁ…?」

もう病院に到着していた。

俺が連れてこられた病院は会社から歩いて2分のところにある病院だった。
ここが救急病院だとは知らなかった。

ちょっと行って、道を横断したら病院じゃねぇか。救急車に乗せないで、さっさと担架で運ばれたほうが早かったろ。サイレンなんか鳴らす意味が無いほど近い。

良く覚えているのはここまでだ。

病院から看護婦が出てきて俺を支える。そのまま診察室に運ばれた俺は、医者に診察されながら色々と訊かれたが良く覚えていない。注射を打たれたことは覚えている。他にも色々と検査されたようだが、まるっきり覚えていない。ただ、診察台の上で赤ん坊のように手足を縮めて震えていたことだけは覚えている。診察が終わった後、俺は個室病棟に連れていかれ、点滴を打って寝かされたようだ。

翌日、回診に来た医者に何の病気ですかと訊ねた。
「ただの腹痛だと考えて我慢していたら危なかった。早く病院に来て正解だったよ」と言われた。

俺はサルモネラ菌にやられていた。
食中毒だ。原因は豚肉しか考えられん。

俺は10日間ほど入院することになった。

俺の病室は3階の通りに面した位置にある。窓からは俺の勤めている会社が見える。病室の窓から見える風景は、いつも俺が歩き回っている場所だ。

社長も上司も同僚も、翌日直ぐに見舞いに来た。

上司に何であんな火が通っていない豚肉をくれたんだと文句を言ったら、「やっぱり危なかったかぁ」と言って笑っていた。俺があんなに苦しんだというのに、何ともふざけた上司だ。しかし、食中毒の原因は上司がくれた豚肉とは限らない。最初に食べた定食の豚肉ほうが怪しい気もする。

まぁ、兎に角、俺の食い意地が汚いのがいけないのだ…。

続く…。

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居なくなった猫の行方の記事で書いたように、現在うちには旅に出ているトラという馬鹿猫がいる。

この猫はうちを別宅扱いにしている猫なので、俺の考えではうちの猫ではない。
だが、母がうちの猫だと言い張る。

もう、どうでもいい…。

本日、そんな旅好きの猫が戻ってきたらしい。

母が部屋でくつろいでいる時に、猫専用の出入り口から顔を出して「ニャー、ニャー」と煩く鳴いていたらしいのだ。母はトラの名前を呼び部屋の中に入れようとしたらしいのだが、旅から戻ったトラは部屋の中には入らなかったそうだ。約3ヶ月ぶりの帰宅であったにも拘らず、映画の「男はつらいよ」の寅さん同様にまた直ぐに出て行ってしまったのだ。

何故、トラは家の中に入ってこなかったのか?

母の話ではブー太郎が部屋の中に居たので入れなかったらしい。
トラはブー太郎が苦手なのだ。

トラが旅に出ていた間(本宅で生活していた間)、母の部屋で寝ることがなかったブー太郎がすっかり我が家に馴染んでしまい、トラの居場所を取ってしまったような感じなのだろう。本宅でくつろいでいる間に、別宅を自分より強い新顔の野良猫に取られてしまった訳だ。

「うちを別宅扱いにしたからだ!」
トラには、そう言ってやりたい。

今後、どうなるのか?

俺は少々楽しみにしている。

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