馬鹿猫ども

愛らしいのだが馬鹿ばかりをしている我が家の猫ども(元野良猫)と、その飼い主である猫好きの母と、そこそこ猫が好き程度の家族の日記です。

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俺は子供の頃から動物が好きだった。

兎に角、手当たり次第に動物を拾ってきては家で飼っていた。
猫や犬を手当たり次第に拾っては家に連れて飼っていた。

今ではよく覚えていないが、多分小学校の四年生ぐらいの事だったと思う。

俺は生まれたばかりの5匹の子犬が捨てられているのを見つけた。

数ヶ月前に猫を拾ってきて、どうにか家でその猫を飼うことを許された俺は、これ以上は捨て猫や捨て犬を拾っても飼うことは許されないだろうと思っていた。だから、自分はその捨てられていた生まれたばかりの子犬を家に連れて帰らずに、近くの川の橋の下で飼うことにした。小学校の四年生ぐらいの知恵では、それ以上良い案は浮かばなかった。

子犬を拾ってきたことで父に怒られるのも嫌だった。
俺を庇って母と父が喧嘩するのはもっと嫌だった。

小学生の俺は、自分の力だけで子犬たちを橋の下で飼えると思っていたのだ。

子犬を見つけてから一週間ほど経った頃、冷蔵庫から牛乳を取り出しているところを母に見つかった。母に詰問され、子犬を橋の下で飼っている事を打ち明けると、母は俺と一緒に橋の下まで子犬を見に行ってくれた。

子犬を見た母は泣きながら俺に言った。

「楽にしてあげなさい…」

小学生の俺には母の言っている意味が判らなかった。

楽にしてあげなさいとは、どういった意味なのか…。

母にその意味を尋ねると、母は子犬の寝ている段ボール箱の底を指差した。そこには蛆が這い回っていた。その蛆は子犬たちの体から這い出してきたものだった。

子犬たちの体は蛆に食われていたのだ。

俺は子犬たちを楽にしてあげた。
詳しくは書く気にならない。

いや、覚えていない。

ただ、橋の下でボロボロと涙を流し、号泣したことだけは覚えている。

この時、俺は動物を飼うということの責任と覚悟を知った。
そして、命の儚さを知った。

この経験以降、俺は動物を拾わなくなった。
生き物を飼うことが怖くなったのだ。

もう二度とあんな経験をしたくなかったのだ。

大人になった今も、俺は心の片隅で動物を飼うことを怖がっている…。
所詮、俺には自分勝手な優しさしかないのだと、今も自分自身を責め続けている…。

ペットは可愛いという思いだけでは飼えないのだ。
生と死を見守る覚悟、見守る優しさがないとペットは飼えない。

今日は捨て猫のブー太郎を撫でながら、何と無くそんな昔のことを思い出した。



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